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【琵琶伝】(泉鏡花)ネタばれあり

 

琵琶伝

琵琶伝

 

 

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図書カード:琵琶伝

※概要:兵役間近の男性(謙三郎)がすでに婚約相手がいる女性(お通)

に会いに行く。なお、この時点で両者両想い。

だがお通の婚約者(近藤)にそれがバレて、色々ある。お通が発狂する。

 

(以下、部分抜粋)

※旧かな使いについては、一部当ブログ作成者により現代語に変更の部分あり。

※激しいネタばれあり。

 

・「おや!何をなさいます。」と謙三郎はせわしく問いたり。

叔母は此方(こなた)を見も返らで、琵琶の行方をみまもりつつ、縁側に立ちたるが、

あわれ消残る樹間(このま)の雪か、緑翠(りょくすい)暗きあたり白き鸚鵡の

見え隠れに、蜩(ひぐらし)一声鳴きける時、手をもって涙を拭いつつ

徐(しずか)に謙三郎を顧みたり。

 

・ひたすら頭(こうべ)を打ち振りて、

「何が欠けようとも構わないよ、何が何でも可いんだから、これたった一目、後生だ。

頼む、逢って行ってやっておくれ。」

「でもそれだけは。」謙三郎のなお辞するに、果(はて)は怒りて血相変え、

(お通の母親により、謙三郎にお通に会いに行くよう懇願される) 

 

・「可(よ)うございます。何とでもいたしてきっと逢って参りましょう。」

謂われて叔母は振仰向(うちふりむ)き、さも嬉しげに見えたるが、

謙三郎の顔の色の尋常(ただ)ならざるを危ぶみて、

「お前、可いのかい。何ともありゃしないかね。」

「いや、お憂慮(きづかい)には及びません。」

といと淋しげに微笑みぬ。

(それにより謙三郎は行くと決めたが、一方で既に覚悟を決めている) 

 

・お通は張もなく崩折れつつ、といきをつきて、悲しげに、

「老夫(じい)や、世話を焼かすねえ。堪忍しておくれ、よう、老夫や。」

と身を持余せるかのごとく、肘を枕に寝たおれたる、身体は綿とぞ思われける。

伝内はこの一言を聞くと斉(ひと)しく、窪める両眼に涙を浮べ、

一座退りて手をこまぬき、拳を握りてものいわず。鐘声遠く夜は更けたり。

(家の番人である老夫が謙三郎に合わせてくれないのでお通がやきもきしている)

 

・「実はね、叔母さんが、謂うから、仕方がないように、いっていたけれど、

逢いたくッて、実はね、私が。」

といいかれる時、犬二三頭高く吠えて、謙三郎を囲めるならんか、

叱ッ叱ッと追うが聞えつ。

更に低まりたる音調の、風なき夜半に弱弱しく、

実はね、叔母さんに無理を謂って、逢わねばならないようにしてもらいたかった。

だからね、私にどんなことがあろうとも叔母さんが気にかけないように。」

と、謂う折しも凄まじく大戸にぶつかる音あり。 

 

・駆寄るお通を伝内は見をもて謙三郎にへだてつつ、謙三郎のよろめきながら内に

入らんとあせるを遮り、「うんや、そうやすやすとは入れねえだ、旦那様のいいつけで

三原伝内が番する間(うち)は、敷居も跨(また)がすこっちゃあねえ。

断(たっ)て入るなら吾(おれ)を殺せ。さあ、すっぱりとえぐらっしゃい。

ええ、何を愚図々々、もうお前様方のように思い詰りゃ、これ、

人一人殺されねえことあねえ筈だ。吾、はあ、自分で腹あ突いちゃあ、

旦那様に済まねえだ。済まねえから、死なねえだ。死なねえうちは邪魔アするだ。

この邪魔者を殺さっしゃい。七十になる老夫(おやじ)だ。

殺し惜くもねえでないか。さあ、やらっしゃい。ええ!埒のあかぬ。」

(謙三郎の前に伝内=老父が立ち、「ここを通りたければ俺を倒しな!」と言う) 

 

・出征に際して脱営せしと、人を殺せし罪とをもて、勿論謙三郎は銃殺されたり。

謙三郎の死したる後も、清川の家における居慣れし八畳の彼が書斎は、

依然として旧態を更めざりき。

秋の松にもなりたれば、藤筵(とうむしろ)に代うるに秋野の錦を浮織にせる、

花毛氈(はなもうせん)をもってして、いと華々しく敷詰めたり。

(ここからしばらく続く風景描写が泉鏡花らしく、繊細で物悲しく最高)

 

・お通は琵琶ぞと思いしなる、名を呼ぶ声にさまよい出でて、思わず謙三郎の

墳墓なる埋葬地の間近に来り、心着けば土饅頭(どまんじゅう)のいまだ

新らしく見ゆるにぞ、激しく往時を追懐して、無念、愛惜(あいじゃく)、絶望、悲惨、

そのひとつだもなおよく人を殺すに足る、いろいろの感情に胸をうたれつ。

就中(なかんずく)重隆が執念(しゅうね)き復讐の企(くわだて)にて、

意中の人の銃殺さるるを、眼前我身に見せしめ、当時の無念禁ずるあたわず。

婦人(おんな)の意地と、張とのために、勉めて忍びし鬱憤の、幾十倍もの

勢(いきおい)をもって今満身の血を炙るにぞ、面(おもて)は蒼ざめ紅の唇

白歯(しらは)にくいしばりて、ほとんどその身を忘るる折から、見遣る彼方の

薄原(すすきはら)より丈高き人物顕れたり。